バイナンス権力構造の変化:何一と邓伟政によるダブルCEO実験

撰文:Clow

2025年12月、バイナンスはある決断を下した。

世界最大の暗号資産取引所は、共同創業者の何一(Yi He)が現CEOの邓伟政(Richard Teng)とともに共同CEO(Co-CEO)を務めると発表した。

これは単なる役職調整ではない。バイナンスのユーザー規模は約3億人に達しているが、同時に43億ドルという歴史的な罰金を背負い、米国財務省金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)および司法省(DOJ)による5年間にわたる独立監督を受けている。

ドバイ・ブロックチェーン・ウィーク(BBW 2025)で、何一は共同CEOとして初めて公の場で発言した。彼女が発したメッセージは非常に明確だった:バイナンスは「野蛮な成長」に別れを告げ、「制度化された成熟」へと舵を切るということだ。

核心の問題は、規制の制約下で、暗号資産ネイティブの取引所を「永続的な企業」にどう変革するか、ということだ。

共同CEO体制が、バイナンスの答えである。

2人のCEO、1人は外向き、1人は内向き

ダブルCEOはビジネス界では珍しいことではないが、バイナンスの設計は少し異なる——これは権力の分担ではなく、精密な役割分担だ。

何一はこれを「1+1>2」と呼んでいる。2人のCEOの職責は明確だ:

邓伟政:規制対応を担当

邓伟政は外部対応担当だ。彼は伝統的な金融市場で数十年の経験があり、バイナンスと「世界各国の規制当局との最良の架け橋」と位置付けられている。

彼の役割は明白だ:世界中のライセンスを取得し、コンプライアンス基準を引き上げ、バイナンスを各管轄区域で円滑に運営させる。米国規制当局に注視されている企業にとって、この役割は極めて重要だ。

何一:内部管理を担当

何一は内部運営を担当する。共同創業者として、彼女はバイナンスの文化を創業当初から築いてきた。

ドバイ会議で、何一は3つのことを語った:

第一に、ユーザー至上主義。これがバイナンスの根幹であり、プロダクトイノベーションの原動力だ。

第二に、システム構築。もはや個人に頼るのではなく、組織システムによって会社を動かす。

第三に、AIへの賭け。技術革新こそが業界を前進させる根本的な推進力だ。

具体的な業務としては、何一はユーザー体験、企業文化、人事、カスタマーサポート、法人ビジネス、マーケティング、P2Pおよび資産運用を管轄する。

この分担の論理は非常に明確だ:邓伟政が枠組みを整え、何一がその枠組みの中でイノベーションを起こす。1人は外部で信頼を築き、もう1人は内部で活力を保つ。

採用、大量採用

何一はドバイで何度も「長青組織(永続的な組織)」という言葉を繰り返した。

どういう意味か?バイナンスは特定のリーダーに頼るのではなく、システムに頼らなければならない。どうやって実現するか?「人材密度」を高めることだ。

何一は「採用」を最優先課題に挙げている。データによると、バイナンスは2024年に1,000人以上の新規採用を行い、さらに500以上のポジションで採用活動中だ。対象はテクノロジー、コンプライアンス、カスタマーサポートなどの中核分野だ。

これは単なる拡大ではなく、能力の再構築である。

バイナンスの初期の成功は、創業者のカリスマ性と意思決定によるところが大きかった。しかし、ユーザーが3億人近く、事業が世界数十カ国に広がると、個人の能力だけでは足りない。

さらに重要なのは、規制違反はしばしば「人材」の問題で起こる——専門のコンプライアンス要員が不足し、創業者の鶴の一声に過度に依存してしまうことだ。

だからこそ、何一が言う「人材密度」とは、本質的に組織の力で個人の力を置き換えることだ。これはポスト創業者時代の必然的な選択である。

AIの二重の役割

技術革新は何一のもう一つの重点分野だ。彼女は、AIこそが業界を前進させる根本的な推進力だと考えている。

バイナンスのAI戦略は2つのラインがある:

一方で、AIはコンプライアンスとリスク監視に使われる。取引監視、制裁スクリーニング、KYC自動化など、すべてにAIが必要だ。これはFinCENの規制要件を満たす上で極めて重要だ。

他方で、AIはプロダクトおよびユーザー体験の最適化に使われる。カスタマーサポートから取引最適化、リスク予兆からパーソナライズされたサービスまで、AIはあらゆる部分に浸透している。

論理は明快だ:まずAIでコンプライアンスを実現し、次にAIでイノベーションを推進する。

上場基準:手数料ゼロ、ユーザーに安価なトークンを

ドバイでのQ&Aセッションで、何一はバイナンスの上場戦略の大きな転換について語った。

「白手袋」にはゼロ寛容

市場ではバイナンスの上場に「白手袋」腐敗(裏取引)があるという噂が絶えなかった。何一はこれに直接反応し、「バイナンスに白手袋は存在したことがない」と断言、親戚や友人を騙る者は全て詐欺師だと述べた。

さらに上場ルールも明らかにした:バイナンスは上場手数料を取らない。プロジェクト側が上場を望むなら、ユーザーにエアドロップや安価なトークンを提供しなければならない。

何一は「基準が高く、ハードルが高いからこそ、不正に利益を得ようとする人が現れる。しかし、グローバルライセンスの増加とともに、暗号市場はもはや法の及ばない世界ではなく、公平かつ透明な市場を損なう行為は厳罰に処される」と強調した。

取引所とユーザーを一体化

上場手数料の廃止とユーザーへのトークン提供義務付けは、非常に巧妙な設計だ。

これにより、取引プラットフォームと個人投資家の利益が結びつくと同時に、単なる投機目的で実体のないプロジェクトは排除される。

プロジェクト側は価値をユーザーに分配する必要があり、上場はユーザー獲得のツールとなり、取引所の収益源ではなくなる。

この転換は非常に重要だ。「取引量ドリブン」から「ユーザー価値ドリブン」へと、バイナンスは業界全体のルール作りを進めている。

何一はまた、自分は裕福な家の出身ではないので、一般ユーザーの気持ちがよく分かるとも強調。「バイナンスのイノベーションは常にユーザー視点から出発しなければならない」と語る。

3億近いユーザーと、1日あたり数十億ドル規模の取引量を持つ中で「ユーザー優先主義」を貫けていること自体が、ガバナンス能力の証明だ。

中東とアジアに賭ける

何一はバイナンスの地理的拡大の重点を明確にした:中東とアジアだ。

2つの柱となる市場

バイナンスは中東とアジアでの展開を強化し、この2地域を成長の主要エンジンとする。

ドバイでBBW 2025を開催すること自体がシグナルだ。ドバイには仮想資産規制局(VARA)などの枠組みがあり、すでに世界の暗号資産業界の重要ハブとなっている。

アジアでは、韓国を「最も重要な国の一つ」と見なしている。バイナンスは韓国に引き続き投資し、ユーザー体験を改善し、「絶対に手放せないコア市場」と位置付けている。

なぜこれらの地域を選ぶのか?規制が明確で、成長が速いからだ。これらの市場でコンプライアンス実績を示しつつ、米国の過去の問題に足を引っ張られず、ユーザー拡大を加速できる。

10億ユーザーを目指して

バイナンスの目標は10億ユーザーだ。3億弱から10億へ——これは単なる数字の増加ではなく、インフラ、コンプライアンス能力、運営効率の総合的な試練でもある。

中東とアジアの規制フレンドリーな環境が、この目標に現実味を持たせている。これらの市場で成功すれば、ユーザーを獲得できるだけでなく、コンプライアンスのマイルストーンも積み上げられ、バイナンスのグローバルイメージが強化される。

変革は容易ではない

戦略は明確だが、組織化・機関化への転換は決して容易なことではない。共同CEO体制は3つの課題に直面している:

ダブルCEOはどう協働するか?

2人のCEO、最終決定権は誰にあるのか?特に規制リスクや運営執行のハイリスクな意思決定時に。

何一が言う「1+1>2」のカギは明確な役割分担——外部 vs 内部、コンプライアンス vs イノベーション。さらに重要なのは、両CEOが政治的・文化的に互換性を持つこと。成長とコンプライアンスの間には必ず摩擦が生じるが、その摩擦を建設的なものにすることが鍵だ。

イノベーションとコンプライアンスのバランスは?

バイナンスは現在FinCEN/DOJに監視されており、新しいプロダクトやマーケット参入の度にコンプライアンスチェックが必要だ。これは何一のイノベーションスピードを確実に鈍化させる。

対策は優先順位付けだ:まずAIをコンプライアンスやリスク管理に投入し、その後プロダクトイノベーションに活用する。

共同CEO体制は、こうしたスピードとコンプライアンスの緊張をマネジメントするためのもの。制度設計により、イノベーションがコンプライアンスを先走らないようにする。

実行できるのか?

バイナンスは今、去中心化・高成長のスタートアップ文化から、正式な規制下の金融機関へと大きな転換を図っている。

何一が人材密度を最優先事項とするのは、この変革の基盤作りのためだ。世界トップクラスの専門家を採用し、意思決定をより専門的にし、シングルポイントリスクを減らす。本当に「長青」なシステムが構築できれば、規制・運営リスクを大きく低減できる。

まとめ

何一が共同CEOとしてドバイで語ったこれらの戦略は、受け身の規制対応ではなく、能動的な進化だ。

共同CEO構造は、バイナンスが野蛮な成長から持続可能な規模へ転換する鍵となる一歩。邓伟政が外部で規制をクリアし、何一が内部でシステム刷新・人材強化・AIによるイノベーションを推進する。

「人材密度」からAI戦略、ユーザー優先の上場基準、中東アジアへの注力まで、バイナンスは長期的な基盤づくりを進めている。

今後5年から10年、バイナンスの成否はこの2人のCEOの領域をうまくバランスできるかにかかっている。短期的には規制の制約を受け入れ、長期的には暗号資産イノベーションと伝統金融をつなぐグローバルインフラになることが目標だ。

共同CEO体制は、その実現のための組織ツールである。その運用結果は、ポスト創業者時代の大規模取引所ガバナンスの業界モデルとなるだろう。

バイナンスが描くのは、1社の変革ストーリーだけでなく、暗号資産業界全体が「法外の地」から「機関としての成熟度」へ進む転換点でもある。

何一がドバイで「バイナンスを100年続く企業にする」と語ったとき、彼女が描いたのは、より責任感があり、持続可能で、より強大な暗号資産の世界だ。

この実験が成功するかどうかは、「責任あるスケール成長」とは何かを再定義することになるだろう。

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